Vol.19 安藤君への手紙2 2002/05/15 by ドナテ岡田

安藤くん、最近どんな食事している?
やっぱ、仕事柄忙しいからコンビニとか出前ばかり?
僕は、最近、金穴と、ぶよぶよのお腹をひきしめるため、たいしたものも食ってない。
ひどい日は三食ヴィダ−インゼリー。本当はそれで十分なんだろうけれど、
お腹もすいていないのにそれでも、なんだか食べちゃうんだよね。

僕にとって食事とは、生きるためにも切り離せないものであることは当然なもの。
そして、どうせ食べるなら、おいしいものがいいと思ってる。
でも、グルメなもの、安くて安全で健康なものばかりが求められスポットを浴びている昨今、
実際に僕達が口にするほとんどがそのようなものとは無縁であり、
多くが空腹を満たし、とにかく安くて若干、何かの味がするだけの役割をもっていればいいほう。

それよりも、生まれてきた時点でインプットされた『食事の時間』(つまり、三度の食事ってやつね。)が
くればそれを流し込む程度のものではないだろうかしら?
つまり『食事の時間』がくれば「食事をしなければならない」とか、
「食事をとらなければ明日への活力へ繋がらない」とかばかりが意識の中で先攻し、
幼いころからインプットされた脅迫観念から抜けだせないような気がしている。

本来ならばスローフ−ドのような健全でおいしいものを自分の好きな時間を好きなだけかけて食べたり、
お金をかけて美食するなど、ありとあらゆる方法で見直せるのかもしれない。
またそれをメディアで取り上げていくことも十分行なってきてると思うが、
実際にはジャンクな食べ物、ファーストフード(安藤くんならとれたて弁当?)等、
そこには工夫もない、まして思いでや思い入れもない、ただの食事たちばかりを食べているのではないだろうか?
どういう人間がどういう人のためににその食事をつくり、それを口にする。
もしくは外食し、どこかで購入するのか?「あれを食べたい」という意志とはかけはなれた食事たち・・・。
何となく選んだフードや、ルーティンワークの合間に食べる食事。
ナイター中継をみながら適当に食べる食事や等、とにかく、「こうやって食べる」だののこだわりから逃れた食事。
バターライスや卵かけ御飯、ジャンクフード、車にとってのガソリンのような 本人にはただの燃料程度にしか思われない食事。
まあ、それでも、結構うまかったりするのだけれど・・・。
ああーー!うまいものが食べたい! でも金も余裕もない! 安藤君はそう思わない?

ということで、独り言はここまでにして、そんな僕の幻想を完全に満たしてくれる「焼き鳥屋」をみつけてしまったんだ!
ちょっと、安藤くん! 聞いてくれるかな??

安藤君がお得意な街、渋谷。
そしてそのガード下にひっそりと日本酒の臭いと、行き場を失ったオヤジたちの臭いを残す場所がある・・・。

そう、ここにその奇跡があったんだよ。その名も『とりしげ』。
カウンターのみ、8席ぐらいの場末感覚。威勢のいいおばちゃんが一人でそれを切り盛りしている。

ぼんちり。
あいがも。
つくね。

どこにでもあるメニュー。
しかし、そこにだされた焼き鳥は一串ペットボトルぐらいはある巨大サイズ。
まさか大味?いや、その一串、一串に刺さった鳥は想像をこえる程ジューシーでデリケートである。
なんだこれは?? 焼き鳥といえるのだろうか?? こんなの食べたことない・・・。

そして、もっと驚かされたのは、「なま」と呼ばれる鳥の肝のナマ。
オレンジ色をしたごろごろとした物体がいいかげんな器にもられてでてくる。
鹿児島あたりでは当たり前のこの品、正直僕は初めて食べる。
阿佐ヶ谷や、銀座の高級店で食べるならば、それ相当の値段が張る。
衛生的にもそのほうが安心だろうが、何せこの場末の焼き鳥屋。大丈夫なのだろうか??
しかし、僕の余計な心配はあっさりと打ち消された・・・。
これはフォアグラ? いや、おそらく、それ以上だろう。
むかし、北海道の漁村で食べたイクラが御飯の上にあまりにも大量に、しかもいい加減にもられてびっくりしたことがある。
しかも異常にうまかったが、そのイクラすらかなわない世界。これは伝説だ!
異常なうまさを表現するのがおもしろかった『ミスター味ッ子』すら、この食材を表現できないだろう・・・。

そして、至福のひととき。最後に器にいれただいこんおろしの上に鳥のスープを入れてくれる。
これを、お茶の席のような儀式をするように飲み干す。
この段階で鳥繁にいるすべてのひとが満足している。
カウンターにぎっちぎちに入らされる客の顔をみると、テレビにでているあの人や、文化人、有名な建築家、
ホームレス、ギャル、そして僕のようなただのアイス屋さん。
あげくのはてに日本の象徴ことMr.宮様御一行(彼等が足げに通う店など、ぴあやト−キョ−ウォ−カーなら五つ星ならぬ、100星だろう)すらSPをつけて食事をしている。
一体ここはなんなのだろうか?

つまり、ここで行なわれたことは焼き鳥を食べるのではなく、焼き鳥をおいしく食べる儀式を行なうようなものなのである。

そして、この感動ならぬ衝撃はまだまだ止まらない。
例えば二人で食べても3000円ぐらい。
もちろん僕は死ぬ程食べた。
かのグルメで知られる秋元康でも5000円食えないと、某女性誌でもらしていた・・・。

どう、安藤くん、こんな伝説を信じられる?
と、いいつつ、飲みの誘いなんですが・・・。

追伸:ここで発表した店は、マスコミ他、絶対に非公表・・・。
ウェブにこのコラムがのるころには、世界中のやっかいなネットサーファーから半殺しにあうかもしれない・・・。
安藤くんがこの店を知るころ、僕はきっと生きながら世間から消された、放浪の民となるのだろう・・・・・・。