Vol.12 カルマの協奏曲(3/3) 2001/03/11 by Kato

今度は他人を傷付けたわけではないですから、誰も文句は言いません。
という訳にはやっぱりいかないんですな。
これが湯沢君本人は病院へ連れて行かれましたが、結局学校には親が呼ばれました。

が、来なかったんです。
この時始めて湯沢君の親が離婚していて、父親がいないということが分かった様です。もちろん私は知ってました。

無論携帯電話なんてない時代でしたから、家に電話して出なかったらお手上げなんですね。
職場と言っても足立区のシングルマザーの大半が水商売で生計を立ていることが多く、
「職場」に昼間の2時、3時に電話しても誰も出るわけがないんです。

それでも夕方にはなんとか母親と連絡が取れて、泣く泣く母親が謝罪をしていました。
そうなると不思議なことに「母一人子一人では大変だろう」ということになり、湯沢君には「なんのお咎めもなし」ということで決着しました。

まあ、誰にも迷惑かけてませんから当たり前と言えば当たり前。

何で私がこんなに2件目の事件に詳しいかと言うと、実は現場に居たんです。

湯沢君が病院に行っていたので、彼の家庭事情に詳しいのが私しか居なかったんですね。
お兄さんは確か林間学校かなんかで学校にいなかったんだと思います。

まあ、そんな訳で色々と重大事件を起こした湯沢君ですが、この後もちょくちょく事件を起こします。
しかし、「色々大変だろう」という手心も加わり「また湯沢か」という程度で、
それほど問題になりようなことはなかったように思います。

それに私も次の学年で別々のクラスになってしまい、今でもそうなんでしょうがクラスが違うとあんまり遊ばなくなるんですね。

その上、私は5年生の時に親の都合で別の小学校に転校してしまいましたから、
それ以降湯沢君に会うこともなくなりました。

そんな湯沢君が再び僕の人生に現れるのはそれから3年後、中学校2年生の時です。

彼の母親が警察に捕まったんです。容疑は殺人及び死体遺棄。

当時は結構センセーショナルな事件だったので、覚えている方もいらっしゃるかもしれません。
彼女は自分の子供を自宅便所で産み、そのままその子の首を絞めて殺したんです。
死体はアパートの床下に埋めていたそうです。殺害したのは計4人の赤ちゃん。

動機は「育てる自信がなかった」。

彼女は水商売をしながら知り合った男と肉体関係を結び妊娠するも、いつも男に捨てられ、
父親も定かでない子供を産んでは殺していたのです。

湯沢君にいつも10,000円札をお小遣いとして上げていたことを考えれば、
病院で下ろす金すら無かったというわけではないと思います。

その後の事情聴取で、産んだ子供は袋に詰めて、それを埋める時には2人の子供(湯沢君と兄)に手伝わせていたとのことです。

およそ人間の所業ではありませんし、どういう心境だったのかも見当もつきませんが
少なくとも湯沢君がその母親と一緒に暮らし、そのおぞましい「作業」を手伝だったのは紛れも無い真実なのです。

そんな事件の顛末を聞いて、私なりに彼の「奇行」の原因が理解できた気がしました。

その後、母親にはもちろん実刑判決が下り、確か懲役20年くらいだったと思います。
死刑でなかったのは精神病の可能性がある程度考慮されたのでしょうか。

湯沢君は身寄りがないため、施設に入ったとも聞きますし、既に働き始めていた兄が引き取ったとも。
いずれにせよ行方は知れませんでしたし、知りたいとも思いませんでした。中学2年の夏です。

さて、そして時は過ぎ、大学4年、池袋にある衛星放送会社の面接を受けるため、
私は山の手線に揺られていました、電車は目白の駅を出て、もうそろそろ池袋だろうと思い、
席を立ち、ドアの近くへ歩いていく、そして彼に再会したのです。

結果からお話すると、彼と話をしていたのはほんの10分程度なんです。

直ぐに池袋で降りなくてはいけなかったですし、湯沢君だと気付いてもそれほど話をしたいと思いませんでしたから。

それでも彼の方は随分と懐かしそうで、池袋で一緒に電車を降り、ホームで話をしました。

と言ってもいきなり「事件」のことを聞くわけにもいきませんし、聞かれたくもないでしょうから、
無難に「何やってるの?」、「今日は何処行くの?」なんて話をしていました。

彼は今バイトをしながら配線技師の資格を取るために勉強している、とのことでした。

それ以上の突っ込んだ話はしなかったんですが、タイミングを見計らって去ろうとする私に、
「今日はこれを新宿に買いに行ったんだよね」とおもむろに一冊の本を手渡しました。
「死体写真館パラダイス」

おいおい、もう勘弁してくれよ。。。。

湯沢君は、その手のたぐいの本でないとオナニーのネタにならない、と極めて爽やかに言い放ち。
「それじゃーまたね」と携帯番号を書いた紙を私に押し付けて山の手線に飛び乗っていきました。

私が「事件」を知らないと思っているのか。。。。
それとも久しぶりに度肝を抜いてやろうと思ったのか。。。。。
それは定かではないが、少なくとも「死体写真館パラダイス」を持っていたというのは事実。

人間の業(カルマ)は深い。とてつもなく深い。

それに比べれば綿棒もローションも、ましてやチャネリングさえもささやかな、
なんとささやかなことだろう。

悲しいくらい艶やかな桜が咲き誇る池袋の芸術劇場の広場、私が彼の携帯番号を記した紙を破り捨てたのは言うまでもありません。

終わり